タレントで歌手・和田アキ子、タレント・井上咲楽が10月8日に東京・KITTE 丸の内1Fアトリウムで『歩く人生に、つづきを。展』メディア発表会に登場。司会は垣花正アナウンサーが務めており、まるで和田がパーソナリティを務めているラジオ番組『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』(ニッポン放送)の“公開収録”かのようなトークが繰り広げられた。
Zimmer Biomet の日本法人ジンマー・バイオメット合同会社が膝や股関節をはじめとする関節の痛みの“見えにくい我慢”に気づき、いつまでも歩き続けられる暮らしについて考える、疾患啓発プロジェクト「歩く人生に、つづきを。」を始動する。これにあわせて、展示・体験イベント『歩く人生に、つづきを。展』を10月9日から10月12日の期間にイベント会場となったKITTE 丸の内にて行うこととなった。
本展では、痛みによって生じる日常生活の変化を可視化した展示や、痛みと向き合い自分らしい日常を取り戻した方々のエピソード展示、骨と関節に関する豆知識や治療の選択肢を学べる展示、自身の運動機能や歩行状態を確認できる体験コンテンツなどを展開する。開催日となった10月8日は『ホ』を分解すると『十』と『八』になることや、かつての体育の日(10月10日)に近く骨や関節に関心を持ってもらうのに適していることから『骨と関節の日』に制定されており、イベントの開催とあいなった。
和田はイベント冒頭、「私のピッタシのテーマで膝が痛い、股関節が痛いと悩まないで信頼できるお医者さんに相談してみてくださいと伝えたい」と、方向性を示してから話を始めた。
和田は2023年に右膝の人工ひざ関節置換術、2024年1月に左股関節の人工股関節置換術を経験。『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』は36年続く生放送の番組とあって、垣花アナは和田の痛みの始まりから、どう乗り越えたかまでつぶさに見てきたという。
2022年9月に体幹トレーニングでピラティスをしていた最中に股関節の肉離れという『腸骨筋挫傷』(ちょうこつきんざしょう)を起こしたという和田。同年年末にライブを控えていたことから、杖をついて生活していたそうだが、そのライブでは「なんとかこのライブだけは乗り越えたい」と杖を置いてパフォーマンスをしたという。当時のことを垣花アナは、「ラジオのスタジオで『痛い!』と痛がってたアッコさんが、ステージではもう別人なんですよ。微塵も痛みを感じさせないっていうパフォーマンスで。ステップも踏んでましたし、踊ってましたから」と、驚いたという。
しかし、翌23年に入ると和田は右・左と両方の杖をつかないと歩けないほどに。そこで別の病院で診察してもらったところ変形性股関節症と診断。「手術を勧められたんですけど、自分の中でちょっと迷いがあって。手術すると入院の時間とか術後の時間とか声とか出せるのかとか凄い悩んだんです。結果、左足をカバーして歩くようになったら右の膝に来たんです。あれ本当に突然くるんですよ。これが結構、つらいというか、両足が痛くなって。自分の足でステージで立って歌いたいのに、立つのがまず無理なの。どう説明していいか分かんないけど、右も左もだから座るのも大変、立つのが大変」な状況に陥ったという。
そんななかデビュー55周年ツアーを迎えたといい、手術か薬などでだましだまし行くか決断を迫られることに。松葉杖をついての生活へ和田は「仕事場に行くと、まず仕事場がビビる。(関係者からすれば)自分のとこで怪我されたら、大変だと思うから『大丈夫、大丈夫。膝と股関節で、大丈夫だから』って言っても『大丈夫ですかー』とかみんな言ってくるから、それもまた嫌で。ファンクラブの人も『大丈夫ですか?』と言ってくださるし、だから、早くこの膝と股関節を治したいっていうのがあって」と、周囲からの気遣いに申し訳なくなってしまうような気持ちになったことも手術を決断するきっかけになったそうだ。
そして2023年9月11日に手術を行い、術後2日目からはリハビリに入ったという。そのときのリハビリ写真も公開。その写真の和田はすっぴんだったこともあり、「こんなに写ると思ってないから、せめて口紅塗っときたかったね。眉毛も描いとけばよかった、ほんとに」と照れ笑い。これに垣花アナは、「僕がラジオのトークで覚えてるのは、そんな気が回らないほどだったことと、術後は自分の足を地面につけるのが怖かったんですよね」と、述懐。和田は「怖いんです。ギプスがバリバリにされているなかでも『歩きましょう』って言われて」と、当時の心境を口にした。
リハビリは「泣きながらやった」という和田だが「ライブという目標があるから頑張れたっていうところもある。逆にリハビリをめっちゃ褒められたんですよね。先生から『自分の患者さんの中でこんなに治りが早い人初めてです』って言われるぐらい」と驚異の回復力を見せたという。その回復の良さにも理由があるそうで、個室だったこともあり「夜、寝れないんで看護師さんとか巡回してない時は1人で廊下でリハビリをしていて。怖いとこ怖がりなんだけど、松葉杖もあるからいいやと思って」と、努力をしていたとも。また、当時レギュラー放送していた和田の冠番組『アッコにおまかせ!』もカメラが回る放送中は立っていたが、CMの際は座っていたり、手術後の傷が見えないようにスカートはやめたそうだ。
和田はこれらの手術を経て「身体障害者手帳の4級を持ってます」と告白もしていた。
イベント後半には話題が年齢と痛みのことへ。「私ももうちょっと早く先生のとこ行っていればよかった。我慢するってあると思うの、表に見えないことだから。たとえば足を骨折したら『どうしたの?』って周りは言うけど、足を引きずってても、みんな『膝が痛いの?でも、歳だからね』って」と歳のせいにされがちだが「つらいのは自分なの。でも、痛いのに黙ってる必要ないって。やっぱりなんか解決策を見つけないと。もうだいたい50、60過ぎると歳だと思うじゃない。そういう時に、今のうちに検査してもらった方がいいよ。何でも加齢っていうのはおかしいから」と呼びかけた。
そんな満身創痍の和田だが大手芸能事務所・ホリプロの後輩である井上へは芸能人の心得として「もうね、歌が上手いとか、芝居が上手いとか、それは関係ない。とにかく元気で仕事に穴をあけない。これが芸能人のプロとしてね」と、アドバイス。ほかにも、井上尚弥選手が『いいかげんに1000回』にゲストに来た際に井上選手のリーチと和田のリーチを確認したところ和田の方が長かったというエピソードで笑いを誘っていた。
終盤にはこれからの心境をフリップで発表するコーナーがあり、『生涯現役』の文字を披露。「シワシワでも声さえ出てれば、真っ赤なマニキュアしてあのブルース歌いたいってハタチぐらいから言ってて。やっぱり歌が好きでこの世界に入って、もういろんな方、もう病院の先生もそうですし、ファンのみんなもそうですし、いろんな方にお世話になって応援してくださる方がいらっしゃるっていうのがすごく嬉しくて」と意気込むとともに女性詩人・茨木のり子氏の「自分の感受性くらい自分で守れ」という詩などを引き合いに、「生涯現役でいるためにもみなさんに、先生、友達、家族、みんなにあの教えてもらったり、後輩には教えてあげたりできる人間になるといいなと思って、ちょっと生意気なんですけどこれにしました」と話していた。
イベントの締めくくりとして、和田は「結局私の話ばっかりしましたけど、まあ事実なんで。人生100年と言われる中で、いろんな健康法もありますけれど、まずは自分の健康、自分の足で歩いていける人生を長く考える、こういう感じでなんか自分自身をテンション上げて持っていくと。病気に限らず困った時は誰かに相談して、心も元気で、体も元気で生きていきたいなと私は思ってます」とコメントを寄せるとともに、記者たちの方を見て「こういう話の、こういう会の時にメディアの方はちょっと戸惑ってる方もいらっしゃるかと思いますけど、たまには真面目な和田アキ子も載せてください!今日は井上尚弥と書かれそうで嫌ですが」と言ったものの、その顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでおり、報道陣もその言葉とのギャップに爆笑で沸いていた。
最後に記念撮影が行われたが、記念撮影中に垣花アナが「あの、私もラジオ長いですから分かっております。そろそろアッコさん思ってますよ。『自分らほんまにこの映像と写真使うんやろな』です」と、和田の心境を代弁しだし、それが核心を突いていたのか和田は照れ笑いし、持っていたパネルで顔を隠してしまうお茶目な姿も。降壇の際に和田はそのことを垣花アナにツッコんだのか2人笑顔を浮かべ関係性を窺わせていた。
取材・撮影:水華舞 (C)エッジライン/ニュースラウンジ









