シンガー・ソングライターの春ねむり氏と音楽ライターの渡辺志保氏が7月24日に東京・新宿シネマカリテで映画『KNEECAP/ニーキャップ』(監督・脚本:リッチペピアット/配給:アンプラグド)先行上映後にトークショーを開催した。
2022年1月1日にEUの公用語の1つになるまで公用語となったアイルランド語。その母国語の復権を掲げてアイルランド語でラップをする北アイルランド出身のヒップホップ・トリオ『KNEECAP』の半自伝的青春を描いた作品。『KNEECAP』は政治的に風刺の効いたリリックに、反抗的なパンク精神を融合したスタイルで注目され、政治家に目をつけられ、検閲の対象としてラジオ局では放送禁止になり、過激な言動でたびたび論争を巻き起こしているが、本作では3人が本人役として主演している。
春氏は自身がアナーキスト(無政府主義)でフェミニストであると立場を。『KNEECAP』は以前音楽スタッフに紹介され、アルバムを聴いたといい、グループのことを知らずに聴いていたそうだが「本当に格好よかったので、何を言っているのか興味を持って調べたら、めっちゃアナーキストじゃん!好きっ!!てなって」と、3人を知っていったという。
そんな春氏はこの日、『KNEECAP』のTシャツを着用して登場。現在『KNEECAP』はライブ中の政治的言動を巡って起訴されているのだそうで、「裁判費用になれと思って通販で買いました」と、込めた気持ちも話した。
映画を観てあらためて「ケアとユーモアだよな、アナキズムは」と感じたという春氏。「こんな愉快な映画だったんだって、楽しかった」と、心に刺さったそう。自身の見どころとしては「ミュージシャンって品行方正に生きてると思われがちですけど、緊張したら無謀な戦いとかしちゃうし、普通の人が普通に持っている面白さを爆発させているから面白いと感じていて。置かれた環境も面白くしちゃうというか。人生つらいけれど、つらいことだけじゃない。生きていれば、面白いこともあるっていうのがちゃんと入っているのが格好いいなって」と、アピールした。
言語というのも本作のポイントということで、言語についても話を広げ、春氏は、「言語が持っているセキュリティー性であり、伝わりにくさっていうのがあると思っているんです。(春氏自身は)日本語の歌詞をめっちゃ書くので、たまに『英語で歌詞を書かないんですか?』と聞かれるんですけど、“でも、日本語でやったほうが面白いじゃん、だって日本語でやってる人の方がこの世には少ないから”っていう感じでやっちゃおうみたいな感じでできるのがラップの良さだと思っていて、それが本当に格好いいなと思って」と、自身のスタンスを話すとともに「自分の(使っている)言葉が強すぎるので、言語が分からない方が聴きやすいんだろうなって思ってて。それは自分がほかの国の言語の曲を聴いたときに、日本語だったらこんなラブソング聴けねぇなというのが、ほかの国の言語だと逆に聴けちゃうみたいなことが発生するんです。そこから意味を理解してくれようとする人もいるし、伝わっているんだなって思う言葉も多くて。面白いなと思うのが、全然違う国の全然違う場所で『通勤電車で聴いてます』とか『学校で居場所がなかったときに聴いてます』と言われて。私がそういうときに聴きたい曲を聴いてるからそうなんだろうなって思います」。
また、春氏といえば先日、参政党のさや氏に対して感じたことを曲にした楽曲『IGMF』で話題となったが、渡辺氏が話を振ると、曲を書こうと思った経緯から語りだすことに。「あれ(『IGMF』)を精査していくと、普段の私の曲みたいになると思うんです。もうちょっと抽象的な概念の話とか、もうちょっと詩的な言い回しになるんです。でも、(『IGMF』)を書きたいなと思った段階で、その人が持ち出そうとしてる概念が気持ち悪いと感じて、その感情をこの段階で共有しないとやってらんねぇなと。表現に精査が足りないだろうし、たぶんもっと完成度を高めたほうが曲としてはいいんだろうけど、即書き、即出しをしないとダメなんじゃないかなと思ったので、書いてしまった」とのこと。そのリリックの制作期間は約1日だったそうだ。
そのできた楽曲『IGMF』を音楽ファイルのアップロード・共有サービス『サウンドクラウド』にアップロードするも一時的に聴けなくなることがあったそうで、「たぶんいっぱい通報した人がいっぱいいたみたいで……ヘイトスピーチって通報したみたいで。それで『これはヘイトスピーチには当たらないと思う』って『サウンドクラウド』にメールしたら対応してくれました」と一連の流れを。
楽曲を公開したことで、さまざまな反響も届いているといい、「ここ数日は、Xの通知欄を横目で見ています。自分に対してはいいんですけど『反日』『何人ですか?』みたいなのとか、答えに困るなって。答えた方がいい批判には、できる範囲で答えようと努めてるんですけど、流し見せざるをえない。見落としていることもいっぱいある。難しいですけど、キャパシティーのある人、自分より賢い齟齬のない表現ができる人がやってくれたらいいなと思いつつ、たぶんだけど誰もやらなそうって」。
“怒り”というトークテーマになると、春氏は、「怒らない方がしんどいというか。怒りを確かめることでちゃんと怒れると自分で思っている部分があるんです。怒りを封じ込められてきた経験があるから、封じ込めるのが嫌なんだと思っていて、嫌だと思っていいんだぞって言いたい」と、怒りへの自身のスタンスも話す。一方で、「怒るのは無駄なんです」ともいい、「無駄なんだけど、誰かがやらないと、誰かが負担しないといけないコストだと思うんです。それを負担しなくていいっていうことが、ちょっと特権的だってことは認識してほしいと思っちゃいます」と話を展開した。
そして、渡辺氏から「この映画を1本観て、興味の幅も広がったところもあります。イギリスとアイルランドの歴史ってなんとなく知ってるけれど、今現在、ラップをやっている若者がどんなことに苦しんでいるのか、どんなことに打ち勝ちたいと思ってるのかは想像が及ばなかったんです。そこで、私と同じような人がいたら、そのあたりのルーツに目を向けてもらえれば」と呼びかけ、春氏は「暴力を受けている者が暴力でやり返すってことがあるじゃないですか。そのときに、殴られて殴り返さない人は立派だと思うんです。殴っちゃダメだよと言えることはすごく立派だと思う。でも、殴り返したいって感情、抵抗しなければならないって感情が生まれる。そのとき、物理的だけではなく力を発さなければならないときがある。この作品はそういう映画で、その中にユーモアがあるのがすごいグッとくるポイントで。ムカつくけど笑ってやれってすごく思うし、自分もやろうって思いました」と伝えていた。
映画『KNEECAP/ニーキャップ』は8月1日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で順次公開予定。
取材・撮影:水華舞 (C)エッジライン/ニュースラウンジ