『「Gメン’75」放送50周年&全話Blu-rayBOX発売記念イベント―帰ってきたGメンたち』が8月1日に東京・日本橋の東京証券会館ホールで開催され草野刑事役の倉田保昭、中屋刑事役の伊吹剛、津坂刑事役の岡本富士太、 響圭子刑事役の藤田三保子が登壇した。
1975年5月から1982年4月まで放送され人気を博した刑事ドラマ「Gメン’75」の放送50周年を記念し今年7月8日より隔月で『Gメン’75 全話HDリマスターBlu-ray BOX1975年編~1982年編』を発売。その上映イベントとなっている。
場内では作品内で人気で草野刑事最後の登場となるエピソード201話と202話にあたる『Gメン対香港カラテ軍団』を上映。まずは倉田が1人ステージに現れトークへ。草野刑事役を終える話数へ「自分から辞めると下がるんですけど、最後の香港の埠頭で撮るときはさびしかったですね」としみじみ話したかと思えば、「それとなんで殉職しないんだろうって。この後、香港のどこに行くんだろうって(笑)」とも思ったのだとか。
『Gメン’75』では4回ほど香港ロケが敢行されたといい、倉田は役者としてだけではなく、「プロデューサーに香港ロケのことを言われたときに『全部やりますから』と言ったのでやらないわけには行かなくなったんです。今日のスタッフの食事はどこのレストランにするとかの手配までやりまして、僕はアクションや殺陣を考えないといけないのに、“そんなこと僕に言うなよ”ということもありましたね」と苦労があったそうだ。
続けて、伊吹が登場。香港での撮影へ「ヘリで吊られた撮影のは覚えてますけど、きつかったことばかり覚えていて。だから、香港に行きたくなかった。ずっと仕事しっぱなしで、どこかに飲みに行ったととかもないんです」とこちらも苦労したエピソードを語った。
その後、藤田、岡本も加わり4人での話へ。藤田は当時の撮影について「普通は朝から夜までと言いますけど『Gメン’75』の現場は「朝7時に集合して、25時・26時に終わることが多くて。岡本さん、倉田さんは素晴らしい自家用車を持ってらっしゃって撮影場面が終わったら帰っちゃうんですけど、私は新人だったからスタッフと東映の大泉撮影所に帰ってから24時に終わって、26時間自宅に帰って、それで午前6時に起きなきゃいけない生活が2年続きました。もう“はたらいて、はたらいて、はたらいて”ですよ」と、当時を回想。
そんな過酷な状況でもなぜスタッフ・キャストともに頑張り続けたのかについて藤田は「当時は映画を撮っていたスタッフさんが残っていて、1カメラのフィルム撮影で映画の手法をよく生かして同録で行っていたんです。台詞を録るときは同録で録っているから自動車の音や蝉の鳴き声、電車の音も入っているんです。だからスタッフさん、照明さんもいいものを作るんだっていう気概ですかね。今見ると1カット1カットの画にみなぎっていた気がします。目の中のキャッチの入れ方も工夫しているなって感じています。みんながみんな良いもの作るんだ、25時だろうと良いもの作るんだろうって思います」と、推測。
岡本も作品のこだわりとして、「シャレたものを作ろうとしたんです。我々が走ったりするとき靴の裏は映っていません。畳も極力映らなかったし、食べるところも映っていません。そういものを排除して、シャレたものを作ろうという意識が会ったんじゃないですかね。ある種生活感を切ってる」と、画作りへスタッフが込めた思いを語っていた。
また、「Gメン」を率いる“ボス”こと黒木警視(のちに警視正)を演じた丹波哲郎さんのことも次々に語られた。倉田は「Gメンっていうのは丹波さんがいなかったら格好つかない。丹波哲郎がいて、役者が揃っていればいいって部分がありました」というと、伊吹は、「僕はボスには『伊吹、もうすぐ富士山が爆発する』と言われたことがある」と心霊学と霊界の研究もしていたといわれる丹波さんらしい話から「交通違反で止められた際には『俺はGメンの丹波だが』と言って、『それがなんですか?』と返されていた」と豪快エピソードが飛び出すことも。
岡本はといえば、丹波が台本を読み込まなかったというエピソードを披露。「丹波さんって台詞をほとんど覚えてこない人間なんですけど時々覚えてくるんです。人の台詞も覚えてくることがあるんです、ときどき(笑)。あるときに、“なんで台本読んでこないんですか?”と聞いたら、『仕事を家庭に持ち込まないようにしてるんだ。だから俺はここでやるんだ』と。それで、山城新伍さんがゲストに出た時に、『新伍、お前なんでここにいるんだ!』と言ったら新伍さんも新伍さんで『おっさん!台本の1ページめくってみろよ俺の名前が印刷してあるだろ!!』って。それでも丹波さんが『お前出てるのかー』と言ったら、『ちゃんと台本読んでから入ってこいよ!』」と、丹波はマイペースに、山城さんは激怒している口調や態度の演技を見せる芸達者ぶりで、場内は沸きに沸く。
さらに岡本は丹波さんと本作のメガホンをとった1人である深作欣二監督との“攻防”も語りだし、「深作欣二さんが監督のときに『カメラここかな』と言うんですよ。そうしたら丹波さんはカメラから見えないところに台本を置くんです。そうしたら深作さんは『やっぱこっちかな』と、カメラを別の場所に据える。そうしたら丹波さんはまた別の場所に台本を動かすんです。そうしているうちに、丹波さんは『さく(深作さん)、しっかりカメラを決めろ、それがお前の仕事だろ!』と言い出して、深作さんは『丹波さん、台詞を覚えるのがおたくの仕事だろ!藤田、お前がこの中で一番ギャラ安いんだろ?一番高いギャラもらってる丹波に教えてやれよ!!』」と、2人怒鳴り合う様子が目に浮かぶような語り口で話し、再び場内は爆笑。
そんな豪快さが目立つ丹波さんだったが、岡本は人を惹きつける細やかな心配りをする丹波さんを感じたこともあるといい、それが自身が演じる津坂刑事の殉職シーンだったという。岡本は『Gメン’75』の撮影中に自身の俳優としてのキャリアとして演技に幅をさらに持たせたいという思いから役の降板を願い出たという。そのときに丹波さんに「ここを出てほかに行った方がいいんじゃないか」と、相談したところ「うん、分かった。ギャラを上げてもらえ」と言われ「そういう話じゃない……。失敗したなぁ。相談する相手間違えたなぁって思って」と後悔したという。しかし、その後の津坂刑事の殉職シーンでは「死んで転がっているときに、丹波さんって優しいんですよ。芝居の台詞の『大丈夫か』を言った後に、『これからが本当だぞ。これからが大変だぞ、頑張れ。ここを卒業しても頑張るんだぞ』って野太い声で囁いてくれたんですよ」と、胸がいっぱいになったと話していた。
『Gメン’75 全話HDリマスターBlu-ray BOX1975年編』は3万5200円(税込)で発売中で1976年編は9月9日に5万7200円(税込)で発売予定。なお本イベントの模様は2027年3月10日発売の1979年編に映像特典として収録予定となっている。
取材・撮影:水華舞 (C)エッジライン/ニュースラウンジ






