戸田恵子『第47回松尾芸能賞』壇上で野沢那智さん、三谷幸喜への感謝!「休みそうになったら蹴飛ばして」

戸田恵子『第47回松尾芸能賞』壇上で野沢那智さん、三谷幸喜への感謝!「休みそうになったら蹴飛ばして」1

(撮影:水華舞 (C)エッジライン/ニュースラウンジ)

 声優で俳優・戸田恵子が3月30日に都内ホテルで開催された『第47回松尾芸能賞』贈呈式に優秀賞を受賞したことから登壇した。

 日本の伝統ある劇場芸能を助成し、振興し、日本独自の文化、芸能の保存及び向上に寄与することを目的とし、昭和54年3月に設立された公益財団法人松尾芸能振興財団主催。『松尾芸能賞』はそんななかで、毎年、日本の文化・芸能の保存・向上に寄与した芸能出演者や演出・音楽・劇場芸能に高い技術を持つ方々を表彰している。

 戸田の登壇前に10代でアイドル演歌歌手としてデビューするも仕事がなく芸能界引退を考えたこと。名優・野沢那智さんとの出会いにより劇団薔薇座への入団を機に舞台俳優、昭和54年からの声優活動の開始など略歴が紹介された。

 以下、戸田受賞スピーチ全文。

 今日はこのように、栄えある賞に選出していただきまして誠にありがとうございます。今日、同時に受賞されましたみなさまと同席できること大変光栄に思っております。

 紹介にありましたように、私は11歳、地元の名古屋で、『中学生日記』という番組に出て、15歳で歌手としてスカウトされ演歌歌手として10代を過ごしました。全く鳴かず飛ばずで、その後は野沢那智さんに引っ張り上げて頂いて舞台女優として、研究生として1から始めました。

 劇団員は非常に貧乏で、食べていくのに困りまして、恩師の野沢さんが、「できることなら喋る仕事で稼げるように」ということで、声優の道をつけてくださいました。当時は、声優養成所というものもなく、ひたすらスタジオに行って、先輩たちの背中を追いかけて、ここまでやってまいりました。そんな中で、『アンパンマン』という、やなせたかし先生との大きな出会いがあり、そして40代になった時に、三谷幸喜さんからテレビドラマ、映画に、引っ張り上げられて、現在に至るということで来年、どういう訳か、古希を迎える私なんです。

 40歳でテレビに出てから、かれこれもう30年近くになるわけです。ずっと、一本の川を泳いでまいりました。時には、向かい風に泳いだ時もありました。前に進めず、立ち泳ぎをしてる時もありました。でも、一度も岸に上がることなく、なんとかこの川をここまで泳いでまいりました。これからもまだ泳げそうなので、どうか私が休みそうになったら、岸から足で蹴飛ばしていただきたいなというふうに思います(笑)。本日は、誠にありがとうございました。

 以上

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止まっていたら「蹴飛ばしてほしい」と足を出す戸田

 終了後には大賞を受賞した小池修一郎氏、加藤登紀子とともに囲み会見を開催。戸田は、「私が何をしたいと決めてきたわけではなく、手を差し伸べてくださる方がいて、のらりくらりとやってきました。何もできないのに本当にうまいことみなさんが引っ張ってくださってここまで来ました」としみじみと話しつつ、「手を変え品を変えやってきたとことに何かご褒美を頂けたのかなと思っています」と、感慨深げだった。

 贈賞理由:劇団薔薇座に所属し、ミュージカルに出演する傍ら、声優としての活躍も始める。以来、洋画の吹替やアニメーションの声優として確固たる地位を築く。女優としては映画やTVドラマは勿論、舞台でも印象的な役を見せてきた。ことに三谷幸喜作品に多く出演。『虹のかけら~もうひとりのジュディ』は、2024年にニューヨーク公演も果たした。伸びやかな声と演技センスで、ますますの活躍を期待したい。

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(撮影:水華舞 (C)エッジライン/ニュースラウンジ)

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