福山雅治 名古屋で「FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM@NAGASAKI」挨拶はまるでライブ会場

福山雅治 名古屋で「FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM@NAGASAKI」挨拶はまるでライブ会場4

 俳優で歌手・福山雅治が2月14日に愛知・名古屋のミッドランドスクエア シネマでライブフィルム『FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM@NAGASAKI 月光 ずっとこの光につながっていたんだ』(監督:福山雅治/配給:松竹)舞台あいさつを開いた。

 以下、公式レポート部分。

 絶賛ツアー中の福山は、前日・前々日に名古屋公演を終えたばかりというハードスケジュールの合間を縫って弾丸での舞台あいさつを敢行!この日は名古屋での舞台あいさつ開催後、すぐさま東京へ移動し舞台あいさつを開催するという怒涛の一日。名古屋での舞台あいさつでは、ライブの余韻が色濃く残るなかでの登壇とあって、会場には開演前から高揚感が漂っていた。司会は冒頭、「ライブ会場だと思っていただいて、もうキャーキャー言ったりましゃましゃ言ったり、盛り上がって最後までお楽しみいただければと思います」と呼びかける。通常の映画舞台あいさつとは明らかに異なる空気づくりに、観客は一瞬で“ライブモード”へと切り替わった。

 大歓声の中で福山雅治が登場。客席を見渡しながら第一声として放ったのは、「名古屋今日は暑いですね」という言葉だった。続けて「本当にこのステージ上、相当熱いですよ」と笑顔を見せる。物理的な温度以上に、観客の熱量が会場を温めていたことは間違いない。ライブ直後の余韻と、監督・福山雅治が自ら登壇する舞台あいさつの高揚感が交錯する、特別な一日が始まった。

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 舞台あいさつの序盤、話題は前日・前々日の名古屋ライブへと及んだ。福山は「8年ぶりの通常開催だったんですよね」と切り出す。2年前は台風で中止。「僕のキャリアの中で初めての中止でした」と振り返る。そしてその前はコロナ禍による制限付き開催。「発声OKのフルキャパでソロライブってなると、8年前なんですよ」と説明した。制限のない歓声が戻った名古屋公演については、「8年ぶりの皆さんの想いと声援が、ステージそして会場にこだまして、大変熱い2日間いただきました」と語り、「ありがとうございました」と改めて感謝を伝えた。ライブのエネルギーについて問われると、福山は印象的な比喩を用いる。「ライブというのはエネルギーの放出というのもありますけど、同時にいただいてますから。走りながら栄養ドリンク飲んでるみたいな感じです」放出と補給の同時進行。ステージと客席が循環させるエネルギーが、福山のライブを支えていることがよくわかる発言だった。本作の本質について、福山は明確に言い切った。SNSで紹介された感想、「これはいわゆるライブの追体験ではない」という言葉に対し、福山はこう語る。

 「私の理想の音、理想の映像、理想への執着、理想への執念がですね、月光に込められてると思います」さらに、「今日この場で作品としてライブの追体験、思い出ではなく、映画になった作品として、音を浴びる、映像を浴びる、そして体験をしていただくというつもりで作りました」と続けた。ここで示されたのは、単なるライブの記録ではなく、“再構築された作品”としてのライブフィルムという立ち位置だ。福山自身がステージで何を感じ、どんな音を聴き、どんな光景を見ているのか。その内側を限りなく再現しようとした試みが本作である。

 本舞台あいさつの大きな魅力のひとつが、観客との濃密なコミュニケーションだった。事前に寄せられた質問や感想が紹介されるたびに、会場は笑いと拍手、そして大きな歓声に包まれた。福山は一人ひとりに視線を送りながら応じ、その距離の近さはまさに“ライブさながら”である。まず紹介されたのは、ライブ初参加だという観客からの感想だ。「2月12日、愛知県芸術劇場のライブが初参戦です。こんなかっこいい57歳がいてたまるか!と思いました。抱きつきたいです。私の好きなタイプが福山雅治になりました」率直かつ熱量あふれる言葉に、会場は大きな笑いと拍手に包まれる。福山は少し照れた様子を見せつつも、その言葉を真摯に受け止める。長年活動を続けるアーティストにとって、“初参戦”の観客がいることは何よりの喜びだろう。35周年というキャリアを重ねながらも、新たなファンと出会い続けている事実が、この日の会場にも表れていた。次に挙がったのは、収録曲に関する質問だ。「ライブではとても盛り上がる大好きな『少年』。今回収録されなかったのはちょっと意外だなと思いました。どのような思いでこの映画に入れる曲を選ばれたのか教えてください」ファンならではの視点に対し、福山は丁寧に説明する。「前作のオープニングだったので、その印象が非常に強かったので、今回は少年ではなくてもいいのかなということで、泣く泣くセットリストからはちょっとお休みという選択をしました」“泣く泣く”という表現に、作品づくりの葛藤がにじむ。人気曲であるからこそ、あえて外す。その判断は、あくまで“作品としての完成度”を優先した結果だった。その姿勢は、次の言葉に集約される。

 「削ぎ落とせるものは極限まで削ぎ落として、注ぎ込めるものは最大限まで注ぎ込む」そして、「音の一音一音に至るまで、何もかもが注がれて、ここに成り立ってる」と強調した。“ライブの素材”を“物語としての作品”へと昇華させる。

 その徹底した構築作業こそが、本作の真価だ。会場からは深い納得の拍手が送られた。ファンと作品の間にある緊張感と信頼関係が感じられる瞬間だった。学校の先生だという観客からは、動画制作に関する悩みが寄せられた。「作っているうちに次から次へと気になってしまい、編集をやり直したり、別の素材を使った方がいいんじゃないかと考えたり、頭の中が混乱してしまいます。福山監督は迷いを感じることはなかったんですか?」この問いに対し、福山は具体的な制作方法を示す。

 「字コンテっていうのは一回外れた時にまた戻れる地図なんですよね。設計図なんですよ」まず文字で構成を固め、何度も修正する。その上で絵コンテ、動画コンテへと進めていく。「最初はやっぱり大幅にオーバーするんで、そこからどんどん詰めていって最終的に仕上げる」と語る。単なる励ましではなく、実践的なアドバイス。プロフェッショナルとしての経験が惜しみなく共有された瞬間だった。観客席からは感嘆の声とともに、真剣な表情で頷く姿が多く見られた。衣装に関する質問も会場を沸かせた。「スタイリストさんと相談して決めていると思いますが、他にも意識してセレクトされていることはありますか?」福山は具体的に明かす。「本番に着用しているのの三倍ぐらいは現場にあります」「全部着て一回確認します」「ミリ単位、センチ単位で詰めていくんですよ」照明との相性まで考慮し、徹底的に検証するという。その姿勢に、客席からは感嘆の拍手が起こった。ステージに立つ姿が完璧に見える裏側には、地道で緻密な積み重ねがあることが共有された瞬間だった。

 舞台あいさつの終盤には、名古屋ならではの一幕が用意された。司会が「月光in名古屋」と呼びかけ、観客全員で「デラありがとね」と声を揃える撮影タイムだ。事前に軽い練習を挟み、本番へ。福山も手を振りながら応じ、会場は一体感に包まれた。ローカル色を取り入れた演出は、名古屋の観客にとって忘れがたい瞬間となっただろう。会場の空気はどこか名残惜しさを帯び始めていた。フォトセッションを終え、再びマイクを手にした福山は、改めて観客に向き合う。

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 「せっかくライブで名古屋に来たわけですから。黙って帰るわけにはいかないだろうと」その一言に、客席から温かな笑いが起こる。さらに続ける。「なんてったってバレンタインデーでございます」2026年2月14日。偶然ではなく、意味のある日付だ。福山はその理由を静かに明かす。「2月14日はですね、1992年にですね、『Good night』という曲が誕生した場所ですから」名古屋は、自身のキャリアにおいて重要な転機の地であるという。「Good night』でヒットの尻尾をつかみですね、今に至ります。その名古屋に来たんですから、やっぱり寄らずにね、皆さんと舞台あいさつでごあいさつせずには帰れないという思いで、本日も舞台あいさつさせていただきました」デビューから35年。長い年月を経て、再び同じ土地で同じ日付に立つ。その重みと感慨が、言葉の端々ににじんでいた。

 さらに、「いつもいろんなものを頂いてありがとうございます」と感謝を述べた福山は、この後のスケジュールにも触れる。「この後、東京に帰って、せっかく東京駅に行くんだから、そりゃもう丸の内ピカデリーに行くだろうと。東京の方でも弾丸で舞台あいさつしてまいります」ライブ直後、そして名古屋での舞台あいさつを終えた直後にもかかわらず、すぐに次の舞台へ向かう。そのタフネスと責任感は、トップランナーとしての姿勢そのものだ。そして最後に、作品について改めて力強く語る。「引き続きこの月光、ライブを超えた体験、多くの方に楽しんでいただきたいと思っておりますので、宣伝の方よろしくお願いいたします」

 “ライブを超えた体験”。この日何度も繰り返された言葉だが、終盤のこの一言には特に強い確信が込められていた。さらに、「今度どうもありがとうございました。ありがとうございます。また来年」と続け、未来への約束をにじませる。観客からは大きな拍手と歓声が沸き起こった。舞台袖へと下がる直前、名残惜しそうに客席を見渡す姿。ライブのような熱狂と、映画作品としての誇り。その両方を抱えながら、福山雅治は次のステージへと向かっていった。35周年という節目を迎えながらも、過去の栄光に安住することはない。「削ぎ落とせるものは極限まで削ぎ落として、注ぎ込めるものは最大限まで注ぎ込む」と語ったその姿勢は、最後のあいさつにも通底していた。名古屋の観客に向けた感謝、キャリ
アの原点への回帰、そして全国へ広がる『月光』への期待。そのすべてが凝縮された終幕だった。

 会場を後にする観客の表情は、どこか誇らしげで、そして高揚していた。“宣伝活動よろしくお願いいたします”という言葉は、単なるお願いではない。作品に対する揺るぎない自信と、観客を信頼する姿勢の表れだ。ライブを超えた体験は、劇場の外へと広がっていく。名古屋のバレンタインデーに灯されたその“月光”は、確かに次の場所へとつながっていた。

 ※記事内写真は(c)2026Amuse Inc.

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