作曲家・梶浦由記が8月24日に埼玉・大宮ソニックシティで全国ツアー『Yuki Kajiura LIVE vol.#21~60 Songs~』ファイナル公演を開催。その詳報公式レポートと写真が9月2日に公開となった。
以下、詳報公式レポート部分。
事前に梶浦が語っていた通り、“60 Songs”というサブタイトルは「ツアー全体で60曲を披露する」という意味。ただ、前日までで60曲にわずかながら到達しておらず、この日はどんな“新曲”が聴けるのか熱心なファンの間で注目が集まっていた。
ステージ中央でグランドピアノを奏でる梶浦と共に緻密なサウンドを構築するのは、梶浦の音楽には欠かせないFRONT BAND MEMBERS(以下、FBM)の面々。是永巧一(ギター)、佐藤強一(ドラムス)、髙橋“Jr.”知治(ベース)、今野均(ヴァイオリン)、赤木りえ(フルート)、中島オバヲ(パーカッション)、大平佳男(マニピュレーター)という猛者たちだ。また、梶浦ならではの繊細なハーモニーを紡ぐ“歌姫”は、KAORI、YURIKO KAIDA、Joelle、LINO LEIAのレギュラー組に加え、この日はゲストヴォーカルとしてASCA、JUNNA、鈴木瑛美子(以下、EMIKO)が参加。千秋楽らしい豪華な布陣となっていた。
場内が暗転すると、鳴り響くオーバーチャーをEMIKOの第一声が切り裂いた。曲は、Yuki Kajiura LIVE初参加の彼女をお披露目するために梶浦が書いた新曲『black rose』。セット上段でスポットライトを浴びながら歌声を響かせ、FBMが生み出すグルーヴに合わせて大きく体を揺らすEMIKO。初参加とは思えない存在感で、あっという間にオーディエンスを“梶浦由記の世界”に引きずり込んだ。さらに『eternal blue』で低音部を担った彼女は、梶浦がFictionJunction YUUKA(以下、FJY)の1stアルバム『Destination』用に書いた『destination』をカヴァー。KAORI、YURIKO KAIDAによる鉄壁のハーモニーに支えられ、オリジナルシンガーYUUKAの魅力とは全く違う角度から楽曲の力を引き出した。『八月のオルガン』では、レギュラー歌姫のなかでは最年少のLINO LEIAが本領を発揮。セット上段で繊細かつエモーショナルな歌声を響かせながら華やかな輝きを放ち、初出演だったvol.#17(2022年)からの大きな成長を印象付けた。
中盤以降はゲストヴォーカルが次々と登場し、会場のヴォルテージをさらに高めていく。2009年に発売されたOVA「ツバサ春雷記」の主題歌『記憶の森』は、ASCAがメインヴォーカルを担当。イントロで観客のクラップが湧き起こるなか突然姿を現したASCAは、持ち前の憂いを帯びた歌声で楽曲に新たなテイストを加えると、2021年に梶浦から楽曲提供を受けたアニメ主題歌『君が見た夢の物語』も披露。フルートの赤木や、KAORI、YURIKO KAIDA、Joelle、LINO LEIAの豪華コーラス陣に囲まれて水を得た魚のごとく生き生きと歌声を放ち、ツアーファイナルのステージに大きなインパクトを残していった。
続く『nostalgia』も、FJYのアルバム『Destination』に収録されているナンバー。メインヴォーカルを務めるKOKIAは今ツアー4度目の登場だが、この日の出演は発表されていなかったため、彼女の姿が浮かび上がった瞬間、客席に驚きの空気が広がった。長年にわたり独自の音楽を創造してきた彼女だけに、この日も歌の技術論を超越した独特の世界観を構築。最初の1~2小節で、あっという間に聴衆を引き付けた。『風よ、吹け』は、NHKドラマ「風よ あらしよ」の劇場版(2024年公開)用に梶浦が書き、KOKIAにヴォーカルを依頼したナンバー。美しくもどこかに毒を感じさせる旋律は梶浦らしく、なおかつKOKIAらしくも感じられるのは、2人の奥底に通じる部分があるからだろうか。赤木のフルートも流麗でありながら一筋縄ではいかない響きを帯び、得も言われぬ音楽世界に圧倒される1曲となった。
JUNNAもFJY『aikoi』のカヴァーからスタートした。演奏が始まると、ゆっくりとステージに歩み出た彼女は、もともとは可愛らしい雰囲気の楽曲を、全身を使いパワフルに表現。衒いのないパフォーマンスで観客の目と耳をくぎ付けにすると、アニメ「海賊王女」のオープニングテーマとして2021年に梶浦から提供を受けた『海と真珠』へ。ステップを踏みながら右腕を広げたり振り上げたり、体を使ってパフォーマンスしながらも丁寧に歌を紡ぎ、Yuki Kajiura LIVEのステージにフレッシュで爽やかな風を吹き込んだ。
アプリゲーム「魔法少女まどか☆マギカ Magia Exedra」の主題歌として制作された『lighthouse』は、FictionJunction feat.LINO LEIA名義でリリースされた1曲。LINO LEIAは、KAORI、YURIKO KAIDA、EMIKOのコーラス陣と寄り添い合いながら丁寧に主旋律を奏で、心地いい疾走感を生み出した。途切れることなく、次曲のイントロがスタート。4つ打ちのバスドラムに反応した観客が、立ち上がってクラップを打ち鳴らす。そこにギターのリフが加わると客席の盛り上がりは最高潮に。曲は、“ヤンマーニ”の愛称で知られるFJYの『nowhere』。長いイントロの終盤、タオルを手にASCAとJUNNAがステージに登場し、交互にメインヴォーカルを担う。歌姫7人がステージで歌い踊るさまは圧巻。間奏では総立ちの観客が拳を振り上げながら声を上げ、豪華メンバーによる『nowhere』を存分に堪能しているようだった。
梶浦のソロアルバム『FICTION』に収録されている『zodiacal sign』は、日本語の歌詞は皆無。不思議な造語が延々と続く異色のナンバーながら、耳に残るメロディーとグルーヴ感あふれる演奏で、今やYuki Kajiura LIVEの定番曲となっている。演奏が始まると梶浦も客席のほうに体を向けて、お決まりの手振りで観客と一緒に盛り上がる。曲の中盤、FBMのメンバーが順番に渾身のソロ演奏を披露する場面では、一人ひとりに客席から大きな拍手と歓声が送られた。
ライヴ本編のラストは、FictionJunctionの最新アルバムからタイトル曲の『Parade』。梶浦のピアノからゆったりと始まる壮大なサウンドとKAORI、Joelleの力強い歌声、そしてYURIKO KAIDA、EMIKOの確かなハーモニーが絶妙に調和し、感動的な音楽をかたちづくる。先ほどまでの盛り上がりから一転、静かにステージを見守っていた聴衆は、曲が終わるやいなや温かい拍手で会場を満たした。
アンコールは導入部から、本ツアーのここまでの公演とは様子が違っていた。美しい照明とSEが幻想的な雰囲気を醸すなか、メンバーが定位置に就く。光と音がフェイドアウトし、一瞬の静寂の後、梶浦のピアノのイントロとともに何者かのシルエットがステージ上段に浮かび上がった。曲は、2020年公開の映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の主題歌で、同年の日本レコード大賞を受賞した『炎』。“ということは……?”と察した観客が、驚きとも歓喜ともつかない声を上げる。以前から待ち望まれていたLiSAが、シークレットゲストとして、ついにYuki Kajiura LIVEに降臨した瞬間だった。もちろん、Yuki Kajiura LIVEで『炎』が演奏されるのは初めて。圧倒的な存在感を放つLiSAの歌唱を、誰もが噛み締めるように味わっているのが伝わってきた。
直後のMC。梶浦とLiSAが楽しげに会話をしている間に、歌人三昧サマディの相原里美(ソプラノ)、森山綾子(アルト)、小林雄大(テノール)、片山将司(バス)がステージ上段に並ぶ。さらなるサプライズに、客席で大きな拍手が湧き起こった。曲は、絶賛公開中の『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』の主題歌『残酷な夜に輝け』。この曲のレコーディングには歌人三昧サマディも参加しており、演奏しているのもFBMの面々だけに、これ以上ない贅沢な布陣でのライヴ初披露となった。魂を削るようなLiSAの鬼気迫るヴォーカルは、歌人三昧サマディの迫力満点のコーラスも相まって、聴き応え抜群。梶浦もピアノを奏でながら満面の笑みを浮かべ、LiSAと歌人三昧サマディを迎えての『残酷な夜に輝け』の初披露を心から楽しんでいるようだった。
LiSAと歌人三昧サマディがステージをあとにすると、いよいよ今ツアーの最終曲へ。梶浦が最後に選んだのは、Yuki Kajiura LIVEの“キラーチューン”ともいえる『stone cold』。イントロが始まると、ステージ上も客席も皆ハイテンションで思い思いにリズムを取り、梶浦の還暦祝いでもあった2025年のYuki Kajiura LIVEは爽快感と幸福感に包まれながら幕を下ろした。
文:水上じろう